SKY-HIが語るAAA休止と本音、BMSGが拓く音楽の未来
sky hi aaaという巨大な看板を背負いながら、自らの表現と信念のためにシーンの境界線を壊し続けてきた表現者がいる。ラッパー、プロデューサー、そして経営者。多彩な顔を持つSKY-HIこと日高光啓の歩みは、日本のエンターテインメント界における前例のない挑戦の歴史そのものだ。メインストリームの最前線で浴びた熱狂と歓声、アンダーグラウンドのクラブで磨き上げたリリシズム。相容れないとされた二つの世界を身体一つで繋ぎ止めてきた軌跡は、今や彼にしか描けないカルチャーの青写真へと結実している。
ドームを満員にするダンス&ボーカルグループの活動と、深夜のサイファーで牙を研ぐソロ活動の並行。かつての熱狂的なsky hi aaaをめぐる喧騒の中で、彼は常に「アーティストの尊厳」とは何かを問い続けていた。既存のシステムにただ乗っかるのではなく、自らの手で構造そのものを再構築する。彼が掲げた理想は、もはや一人のミュージシャンの枠を大きく越え、業界全体を揺さぶるうねりとなった。
AAA活動休止から現在へ:日高光啓が語るグループへの本音とBMSG設立の真相
2020年末のグループ活動休止という決断は、多くのファンに衝撃を与えた。だが、それは終わりではなく、それぞれの才能が自立して羽ばたくための必然のプロセスでもあった。日高光啓は、グループという母体への深い敬意と愛着を片時も隠したことはない。15年以上にわたり苦楽を共にした仲間との絆、大舞台で見上げた景色があるからこそ、現在の視座がある。
彼を新たな挑戦へと駆り立てたのは、エンターテインメントの現場に横たわる構造的な歪みへの強い危機感だった。才能ある若者が消耗品のように扱われ、個性がすり減っていく現状。それを変えるには、誰かが私財を投げ打ってでも新しい皿を用意しなければならない。自腹で1億円以上の資金を調達し、株式会社BMSGを立ち上げた背景には、自分と同じような痛みを次世代に味わわせたくないという切実な願いがあった。
J-POPと日本のヒップホップを繋いだ異端児の覚悟
かつてJ-POPのど真ん中に立つ人間がマイクを握ることに対して、日本のヒップホップコミュニティは冷淡だった。偏見、冷笑、色眼鏡。「アイドルラッパー」という安易なレッテル貼りに抗う唯一の手段は、圧倒的なスキルを見せつけることだけだった。彼は全国のクラブを泥臭く回り、即興のフリースタイルで猛者たちをねじ伏せ、現場のプロップスを一つずつ奪い取っていった。
両方の痛烈なリアルを知る人間だからこそ、ポップスの大衆性とヒップホップのストリート性をハイブリッドに融合させることができた。言葉の強度を保ったまま、スタジアムクラスのオーディエンスをロックする。その希有なバランス感覚は、現在の日本の音楽シーンにおいて唯一無二のポジションを確立している。
『THE FIRST』からBE:FIRSTへ——HuluとSpotifyを席巻した変革
BMSGの名を一躍全国区へと押し上げたのが、オンライン動画配信サービスHuluで展開されたボーイズグループ発掘オーディション『THE FIRST』だ。従来のサバイバル番組にありがちだった過度な演出や脱落者を煽るギミックを徹底的に排除。「才能を殺さないために」というスローガンのもと、参加者のメンタルケアとクリエイティビティの育成を最優先に置く姿勢は、視聴者に強烈な感動をもたらした。
そこから誕生したBE:FIRSTは、デビュー直後からSpotifyをはじめとするストリーミングチャートを席巻。地上波テレビの露出に依存しきっていた従来のプロモーションモデルを鮮やかに覆し、クオリティファーストの楽曲とダンスパフォーマンスで瞬く間にトップアーティストの仲間入りを果たした。音楽そのものの力で勝負するというSKY-HIの哲学が、商業的にも大成功を収めることを証明した瞬間だった。
エイベックス・マネジメントとの共存と、自立したマネジメント哲学
独立して新会社を興す際、既存の芸能界では摩擦が生じることも珍しくない。しかし、彼は古巣であるエイベックス・マネジメントとの間に極めて成熟した協力関係を築き上げた。敵対するのではなく、お互いの強みをリスペクトしながら新しいパートナーシップを模索する道を選んだのだ。
大手レコード会社が持つ強固なインフラやディストリビューション力と、インディペンデントなスタジオが持つ機動力・クリエイティブの純度。この二つを対立させるのではなく、共存させる。これこそが、旧態依然とした日本の音楽ビジネスに対する彼なりの現実的でスマートな回答だった。
激変する音楽産業と株式会社BMSGが仕掛けるグローバル戦略
フィジカルCDからストリーミング、SNS発のバイラルヒットへ。音楽産業のルールが根底から覆る中、BMSGの動きは常に一歩先を見据えている。所属アーティストたちには単なるパフォーマーにとどまらず、作詞・作曲やコレオグラフィーに直接関わる自律性を促す。クリエイターとしての自立こそが、長期的なキャリアを支える最大の防壁になると知っているからだ。
さらに、アジアを中心とする海外市場へのアプローチも着実に加速している。言語の壁を軽々と越えるグローバルスタンダードなサウンドプロダクション、海外プロデューサーとの積極的なコライト。国内の箱庭に安住せず、世界のチャートと対等に勝負する体制が整いつつある。
新世代と共に切り拓くカルチャーとこれからの未来図
彼は今、プレイングマネージャーとしての自身のキャリアの集大成を描き始めている。ボーイズグループのプロデュースだけでなく、ソロラッパーとしてのアルバム制作、若手育成のためのスタジオ環境の整備、そしてカルチャーの生態系そのものを健全化するための発信。そのすべてが有機的に繋がっている。
かつて孤独な異端児としてスタートした歩みは、今や志を同じくする多くの仲間たちを巻き込んだ巨大な潮流となった。音楽を愛する者が、音楽によって傷つけられることなく、正当に評価され、誇りを持って生きていける世界。日高光啓が切り拓くその未来は、日本のポップカルチャーの地平を確実に塗り替えつつある。 (出典: sky hi aaa(Yahoo!ニュース))