土とタイルの美学に迫る!INAXライブミュージアム完全解剖
inax ライブ ミュージアムの敷地に足を踏み入れた瞬間、鼻腔をくすぐるのは乾いた粘土と古い煉瓦の匂いだ。愛知県常滑市――かつて日本の窯業・セラミックス産業の中心地として黒煙を上げ続けたこの街で、株式会社LIXILが運営する文化施設群はひときわ強い磁力を放っている。単なる企業のPRショールームやノスタルジーに浸る郷土資料館ではない。泥を手懐け、炎と対話しながら数千年にわたって積み上げてきた人間の熱情と工芸の知性が、生々しい手触りのまま息づいている。
週末の喧騒から逃れるように足を運ぶ旅人にとって、inax ライブ ミュージアムが提示する重層的な鑑賞体験は圧倒的だ。トリップアドバイザーやじゃらんnetの口コミを眺めれば、「半日では時間が足りない」「子どもの付き添いのつもりが大人が釘付けになった」といった率直な驚きの声が溢れている。紀元前のオリエントから近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトの足跡、そして現代の土の造形実験まで。産業観光・ミュージアムの概念を鮮やかに塗り替えるこの空間の全貌を紐解く。
7000年の装飾美に息を呑む「世界のタイル博物館」の深淵
館内に足を踏み入れた者をまず圧倒するのが「世界のタイル博物館」だ。紀元前5500年の古代メソポタミアの素焼き化粧レンガから、イスラムの幾何学モザイク、スペインの華麗なマヨリカ、イギリスのヴィクトリアン・タイルに至るまで、約7000点を超える膨大なコレクションが体系的に展示されている。
天井から差し込む柔らかな自然光が、ターコイズブルーのドーム天井を青く染め上げる。イスラム陶器特有のラスター彩が放つ妖艶な金属光沢は、写真やモニター越しでは決して捉えきれない。タイルの歴史とは、人類が「空間を彩り、祈りを刻む」ために繰り広げてきた欲望の軌跡そのものだ。
この博物館の誕生には知られざるドラマがある。陶磁器研究家・山本正之氏が私財を投じて世界中から集めた貴重な装飾タイルコレクションが、散逸の危機を乗り越えて常滑の地に寄贈されたことが礎となった。学芸員たちが修復を重ねて現代に蘇らせたタイル一枚一枚の裏側には、失われかけた技法を解明しようとした執念が刻まれている。
帝国ホテルの黄色い煉瓦と伊奈長三郎:近代建築を救った常滑の技術力
常滑の陶土が世界の建築史を大きく塗り替えた歴史的瞬間がある。大正時代、建築界の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計を手掛けた旧帝国ホテル本館(ライト館)の建設プロジェクトだ。
ライトが求めたのは、複雑な彫刻が施されたテラコッタと、無数の細い溝が刻まれた独特の風合いを持つ「黄色いスクラッチ煉瓦」だった。日本中の名だたる窯元が技術的困難からサジを投げるなか、この難題を一手に引き受けたのが、常滑の陶工・伊奈初之烝と息子の伊奈長三郎である。
鉄分の配合、均一な発色を嫌うライトの美学への適合、そして狂いのない焼き上がり。幾度もの試行錯誤と窯の改良の末、彼らはついにライトを唸らせる煉瓦を焼き上げた。この成功が契機となり、伊奈製陶(のちのINAX、現・LIXIL)が誕生することになる。展示室に並ぶ一枚のスクラッチ煉瓦を間近で見つめると、近代日本の職人が巨匠と繰り広げた壮絶な技術の果たし合いが浮かび上がってくる。
登録有形文化財「窯のある広場・資料館」で体感する巨大窯の迫力
敷地内中央にそびえ立つ高さ約21メートルの赤煉瓦煙突は、常滑の空の象徴だ。大正10年(1921年)に築造された「窯のある広場・資料館」の十本口倒焔式角窯(じっぽんぐちとうえんしきかくがま)は、国の登録有形文化財および近代化産業遺産に指定されている。
窯の内部に入ると、壁面を覆うガラス質の自然釉が鈍く光る。陶管や土管を一度に数千本単位で焼き上げていた当時の熱気が、冷えた煉瓦の奥底から伝わってくるようだ。焚口から火が回り、窯全体に対流して地下の煙道へと抜けていく合理的な構造は、近代窯業の知恵の結晶といえる。
建物の保存修理工事を経て、耐震補強とともに当時の煙突内部の構造が安全に見学できるようになった。煤で黒ずんだ煉瓦の肌理に指先を這わせれば、重労働に耐えながらものづくりを支えた名もなき職人たちの息づかいがリアルに蘇る。
「光るどろだんご」だけではない、体験教室の予約術と見どころ
INAXライブミュージアムを訪れるなら、見るだけで終わらせるのはあまりにも惜しい。「土・どろんこ館」で開催される体験教室は、常に高い人気を誇る。
看板プログラムである「光るどろだんごづくり」は、削り、磨き、色付けという極めてシンプルな工程でありながら、大人のほうが時間を忘れて熱中する。表面を道具で丹念に磨き上げることで、粘土粒子が驚異的な光沢を放ち始める瞬間は、まさに土が宝石へと変貌するマジックだ。版築(はんちく)と呼ばれる伝統的な土壁工法で建てられた土・どろんこ館の建築自体も見応えがある。
体験教室を確実に予約するためのポイントは以下の通りだ。
予約は公式ウェブサイトでの事前受付が基本となる。土日祝日や連休の枠は受付開始直後に埋まる傾向があるため、訪問日の予約開始日時(前月上旬など)をカレンダーに登録しておくことが必須だ。万が一予約枠が埋まっていても、直前のキャンセルがウェブ上に反映されるケースがあるため、数日前からこまめに枠をチェックする価値はある。また、ものづくり工房で実施されているモザイクアート体験など、当日受付枠が用意されているプログラムも事前に押さえておきたい。
混雑を回避して陶業遺産を巡るおすすめルートと裏技
限られた滞在時間でミュージアムの魅力を余すところなく味わうには、訪問時間と順路の組み立てが鍵を握る。
館内が最も混み合うのは週末の13時から15時頃。ゆったりと展示に向き合うなら、開館直後の9時30分から10時に入館する午前中スタートがベストだ。ランチタイム(12時〜13時)は展示エリアの人の波が引くため、この時間帯に「世界のタイル博物館」の2階展示室をじっくり鑑賞すると、静寂の中で意匠のディテールを堪能できる。
常滑の街全体を楽しむモデルルートとしておすすめなのが、「やきもの散歩道」とのコンビネーションだ。名鉄常滑駅から出発し、土管坂や廻船問屋の街並みを歩いて窯業の原風景に触れた後、INAXライブミュージアムへと向かうコースを辿ると、街の歴史と産業の発展プロセスが一本の線で繋がる。中部国際空港(セントレア)からも電車やタクシーでアクセスしやすいため、フライト前後の半日トリップとしても抜群の満足度を約束してくれる。
窯業の遺伝子を未来へ繋ぐ、産業観光の新たなスタンダード
なぜ常滑の土はこれほどまでに人々を惹きつけるのか。その答えは、土という原始的なマテリアルが持つ可能性の広大さにある。
INAXライブミュージアムが発信しているのは、過去の遺産の保存だけではない。水回り空間のデザイン進化や、環境負荷を低減するセラミックス素材の研究など、未来の暮らしを創り出す実験精神が館内のあちこちに散りばめられている。過去の巨匠たちの挑戦を讃えつつ、現代のテクノロジーへとバトンを渡す生きた展示空間。
泥をこね、火で焼き、暮らしを彩る。人類最古のテクノロジーともいえる窯業の深遠な美学に触れた後、日常で見慣れていたタイルの壁や陶器の肌触りは、まったく別の表情を持って迫ってくるに違いない。 (出典: inax ライブ ミュージアム(Yahoo!ニュース))