上野の西郷隆盛像に隠された謎!愛犬と肖像画の真実を徹底追跡

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上野の西郷隆盛像に隠された謎!愛犬と肖像画の真実を徹底追跡
上野の西郷隆盛像に隠された謎!愛犬と肖像画の真実を徹底追跡
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🎵 上野の西郷隆盛像に隠された謎!愛犬と肖像画の真実を徹底追跡

上野 恩賜 公園 西郷 隆盛 像は、東京・台東区の杜を訪れる人々を明治の昔から出迎え続けてきた不朽のシンボルだ。見上げるほど堂々たる体躯に、飾り気のない筒袖の浴衣、そして足元に寄り添う一頭の猟犬。南平台の緑陰に佇むその姿は、東京を代表する名景として誰もが記憶に刻んでいるはずだ。しかし、この見慣れた姿の裏に、当時の政治的思惑や親族の激しい動揺、そして制作者たちが直面した凄まじい葛藤が隠されている事実を知る人は多くない。

日本屈指の文化ゾーンとして賑わう緑道を進むと、上野 恩賜 公園 西郷 隆盛 像が青空を背に凛として立つ姿が視界に飛び込んでくる。だが、ふと足を止めて細部を観察してみてほしい。なぜ軍服ではなく着流しなのか。なぜ連れているのが薩摩犬なのか。そして、私たちが目撃している顔は本当に「本物の西郷」なのだろうか。現地で像を見上げると、教科書が語り落とした維新の光と影が鮮やかに浮かび上がってくる。

浴衣姿と愛犬ツン:教科書では教えない銅像の知られざる謎

明治31年(1898年)の除幕式。幕が引かれた瞬間、西郷隆盛の妻イトが放った「うちの人はこげなお人じゃなかった」という言葉は、今も美術史に衝撃的な逸話として残る。最愛の妻が困惑した理由は、顔立ちだけではなかった。大日本帝国陸軍大将であった夫が、公の記念像において簡素な浴衣姿でウサギ狩りに出かける姿で鋳造されていたからだ。

実は、この服装には明治新政府の複雑な政治的配慮が働いていた。西南戦争で賊軍の将として散った西郷の名誉が回復されたとはいえ、天皇を守る皇居に向けて軍服姿の巨像を建てることには強い警戒感があったのだ。結果として選ばれたのが、庶民に愛された「狩猟を好む人間・西郷」という無害化された構図だった。

傍らに従う愛犬「ツン」にも驚くべき事実がある。ツンは薩摩半島原産の牝犬だったが、モデルを探す過程で別系統の引き締まった牡犬が下敷きにされたため、銅像の犬は本来のツンの姿とは異なる。さらに教科書でおなじみのエドアルド・キヨッソーネによる肖像画すら、写真を一切残さなかった西郷の実弟や従兄弟の顔を合成して描かれたモンタージュだ。私たちが親しんでいる西郷像は、幾重もの虚構と芸術的脚色が重なり合って成立したイコンなのである。

彫刻家・高村光雲が格闘した「本当の西郷隆盛」の面影

この記念碑的プロジェクトを託されたのが、日本近代彫刻のパイオニアである高村光雲だ。光雲は木彫の伝統技法と西洋写実主義の融合に挑みながら、残された証言の断片を頼りに西郷の面影を粘土に落とし込んでいった。写真が1枚もない男の魂をどう立体化するか。光雲の苦闘は数年に及んだ。

犬の制作は、動物彫刻の大家であった後藤貞行が担当した。筋骨たくましい犬の毛並みや躍動感あふれる筋肉の隆起は、後藤の徹底した観察眼の賜物だ。二人の彫刻家が作り上げた西郷隆盛銅像は、単なる人物モニュメントの枠組みを越え、工芸から近代美術へと脱皮しようとしていた日本彫刻界の記念碑的傑作となった。

完成した高さ約3.7メートルの巨像を間近で見上げると、光雲がいかに計算し尽くしてプロポーションを設計したかがよくわかる。下から仰ぎ見たときに頭部が小さく見えすぎないよう、意図的に頭部を大きく造形する視覚補正が施されているのだ。職人の執念が、この像に時代を超える生命力を吹き込んだ。

幕末・明治維新史の激戦地が語る「上野」という場所の意味

銅像がなぜこの地に建てられたのかという問いは、幕末・明治維新史の決定的な瞬間へと私たちを連れ戻す。慶応4年(1868年)、上野の山は徳川の旧幕臣たちによる「彰義隊」が立てこもり、新政府軍と衝突した上野戦争の主戦場だった。その新政府軍を指揮した総司令官こそが、若き日の西郷隆盛にほかならない。

寛永寺の堂塔が焼け落ち、血煙が上がった激戦の地に、かつての敵将の像を建てる。一見すると勝者による誇示に見えるが、実態は逆だった。明治の終落期、新旧の恩讐を越えて国民的な統合を果たすための「歴史的和解」のシンボルとして、上野恩賜公園が選ばれたのだ。

現在、この緑豊かな憩いの地を管理する東京都建設局の整備によって、像の周囲は四季折々の自然と調和した歩行空間として守られている。桜の梢越しに西郷像を眺めるとき、私たちはかつての戦火と、それを乗り越えて築かれた近代都市・東京の地層を踏みしめていることに気づかされる。

大河ドラマ『西郷どん』や『ラスト サムライ』に通じる英雄像の変遷

西郷隆盛という人物が放つ独特の磁力は、時代を超えてエンターテインメント界を刺激し続けてきた。NHK大河ドラマ『西郷どん』で見せた愚直なまでの情熱と苦悩は記憶に新しく、現在もNHKオンデマンドなどで見返す視聴者が後を絶たない。

国境を越えた影響力も見逃せない。ハリウッド映画『ラスト サムライ』で渡辺謙が演じた勝元盛次のキャラクター造形は、明らかに西郷の最期をモデルにしている。武士道という倫理観を胸に、急速な近代化の波に呑まれながら散っていった孤高の指導者像は、海外の人々にとっても東洋のロマンそのものだった。

上野の丘に立つ着物姿の巨人は、軍国主義的な覇権とは対極にある、無私と情愛のリーダーシップを象徴している。だからこそ、社会が激しく揺れ動く現代においても、彼の眼差しは訪れる者の心に静かな共鳴を呼び起こすのだ。

東京国立博物館とともに巡る!歴史観光産業の新たな歩き方

現代の上野は、世界屈指のミュージアム集積地として歴史観光産業の最前線を走っている。西郷像をスタート地点にするなら、まずその足元で維新の残り香を感じた後、大噴水広場を抜けて東京国立博物館へと向かうルートがおすすめだ。

館内の近代ギャラリーや歴史資料を辿れば、西郷が生きた動乱期のリアルな文書や美術品に直接触れることができる。屋外の巨像が放つ神話的なオーラと、展示ケースの中に並ぶ生々しい歴史の物証を対比させることで、旅の解像度は一気に跳ね上がる。

木々の間を吹き抜ける風を感じながら、上野の山を歩いてみてほしい。威風堂々たる立ち姿の奥に秘められた歴史の綾を紐解いたとき、目の前の銅像は単なる観光名所から、激動の日本を物語る雄弁な語り部へと姿を変えるはずだ。 (出典: 上野 恩賜 公園 西郷 隆盛 像(Yahoo!ニュース)

上野 恩賜 公園 西郷 隆盛 像
上野 恩賜 公園 西郷 隆盛 像
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