「ムカデ人間」を仕掛けた男・叶井俊太郎の熱狂と死、妻が語る素顔
叶 井 俊太郎という稀代の仕掛人がこの世を去ってなお、彼が日本のエンターテインメント界に残した巨大な「毒気」と熱狂は色褪せる気配を見せない。誰もが見向きもしない、あるいは眉をひそめるような海外のB級カルト映画を次々と買い付け、常識破りの宣伝コピーで満員の立ち見客を熱狂させた映画プロデューサー。スクリーンに刻みつけられたその強烈な爪痕は、今も多くの映画ファンの記憶に生々しく残り続けている。
コンプライアンスや効率性が重視される現代において、破天荒な直感と情熱だけで勝負を挑んだ叶 井 俊太郎の生き様は、まさに映画配給業界の生ける伝説だった。莫大な負債を抱えた倒産、過激な宣伝手法への賛否、そして末期がんを宣告されてからの潔い引き際まで、その全貌を振り返る。
カルトの帝王が映画配給業界に放った劇薬と「売るための狂気」
整然としたマーケティングデータばかりが重視される映画ビジネスにおいて、彼の武器は徹頭徹尾「自分の嗅覚」だった。誰もが敬遠するようなエッジの効いた海外作品を安価で買い付け、独自の日本語タイトルと奇抜な宣伝コピーを武器にメガヒットへと化けさせる手腕は、映画配給業界において唯一無二のものだった。
「面白いか、面白くないか。観客がざわつくかどうか」。基準はそれだけだった。時に下品と叩かれ、時に倫理的な批判を浴びながらも、劇場に足を運ばせるための仕掛けを執念深く打ち続けた。宣伝費がないなら知恵を絞り、自らが矢面に立ってメディアを煽る。その泥臭いゲリラ戦術こそが、数々のカルトムービーを社会現象へと押し上げた原動力だった。
『キラーコンドーム』から『ムカデ人間』へ:伝説的ヒットの裏側
叶井俊太郎の名を決定づけた代表作のひとつが、1998年公開のドイツ映画『キラーコンドーム』だ。タイトルだけで失笑を買うような作品に作家のプロモーションや過激なタイアップを仕掛け、ミニシアターの動員記録を塗り替えるロングランヒットを記録させた。
その嗅覚は2010年代に入っても衰えを知らなかった。人間同士を外科手術でつなぎ合わせるという狂気の設定を描いた『ムカデ人間』では、劇場公開前からSNSや口コミを巻き込むバイラルプロモーションを展開。映画ファンのみならず一般層まで巻き込む一大ブームを巻き起こした。生理的嫌悪感を逆手に取り、見たいという好奇心へと変換させる魔術のような手腕は、今なお映画宣伝の金字塔として語り継がれている。
波乱万丈の会社倒産劇:アルバトロスからトルネード・フィルムへ
数々の伝説的ヒットを生み出したアルバトロス・フィルムの時代を経て、彼は自らの理想を追求すべくトルネード・フィルムを設立する。だが、映画ビジネスの荒波は容赦なく彼を飲み込んでいった。配給権の買い付け競争や興行の失敗が重なり、数億円規模の負債を抱えて会社は自己破産へと追い込まれる。
どん底を味わいながらも、彼の姿勢は驚くほど飄々としていた。多額の借金を背負っても悲壮感を漂わせず、失敗すらも笑い話として語るその姿は、周囲の人間を呆れさせると同時に強く惹きつけた。映画に裏切られ、映画に救われる。ジェットコースターのような浮き沈みこそが、彼の人生そのものだった。
妻・倉田真由美が明かした知られざる真実と最期の日々
漫画『だめんず・うぉ〜か〜』の作者として知られる妻・倉田真由美との日々は、まさに波乱万丈だった。借金を抱えた破滅的なプロデューサーと、現実を見つめる人気漫画家。周囲からは危うい組み合わせと見られながらも、二人の間には外からは窺い知れない深い絆が存在していた。
末期のすい臓がんを宣告された際、彼は延命治療を拒み、残された時間を自分らしく生き抜く選択をした。妻の倉田真由美が明かした知られざる真実は、世間が抱く「狂気のプロデューサー」というパブリックイメージとは異なる、極めて素直で誠実な一人の男の姿だった。痛みに耐えながらも最期までユーモアを忘れず、大好きな映画と仲間たちに囲まれて笑っていたという。死を前にしても一切の自己憐憫を見せなかったその生き様は、多くの人々に強烈な感銘を与えた。
配信全盛時代に再評価される『いかレスラー』などの怪作たち
叶井が関わった作品群は、洋画のカルト作品だけにとどまらない。プロレスラーがイカの姿になってリングに上がるという奇想天外な日本映画『いかレスラー』など、観客の度肝を抜くオリジナル企画の数々も世に送り出した。
公開当時は「バカ映画」「B級」と片付けられがちだったこれらの作品は、今や独自の作家性とエネルギーに満ちた貴重な文化遺産として再評価されている。予定調和を嫌い、誰も見たことがない映像体験を提供しようとした彼の野心は、均質化が進む現代の映像シーンにおいて、いっそう眩い輝きを放っている。
U-NEXTやNetflixで今こそ観るべき叶井俊太郎プロデュースの神髄
現在、叶井俊太郎が手掛けた名作・怪作の多くは、デジタル配信プラットフォームを通じて手軽に鑑賞できるようになっている。U-NEXTやAmazon Prime Video、Netflixといったサービスでは、かつてミニシアターを揺るがした衝撃作がラインナップされており、当時の熱気を追体験することが可能だ。
タブーを恐れず、観客の心をざわつかせることに命を削ったプロデューサー・叶井俊太郎。彼が遺した作品群を今改めて鑑賞することは、かつて映画が持っていた剥き出しの熱狂と、自由奔放な表現の面白さを再発見する旅になるはずだ。 (出典: 叶 井 俊太郎(Yahoo!ニュース))