PESとRIP SLYME決別の真相と現在:確執の裏側を追う
pes リップ スライムという巨大な看板の裏で、一体何が起きていたのか。平成の夏を鮮やかに塗り替えたヒップホップクルーの空中分解は、単なるメンバー脱退の枠を大きく踏み越え、ひとつの時代が終わる痛烈な汽笛となった。表舞台での軽快なフロウと裏腹に、水面下で静かに、けれど決定的に進行していた亀裂。2000年代初頭の熱狂をリアルタイムで通過した者ほど、彼らが残した爪痕と喪失感の深さを今なお生々しく記憶しているはずだ。
誰もが口ずさんだヒットチューンの記憶を呼び覚ますとき、かつてpes リップ スライムが提示した洗練されたポップネスと、その後に吹き荒れた生々しい断絶の嵐が脳裏をよぎる。なぜ彼らは違う道へ歩み出さざるを得なかったのか。それぞれの現在地と、決して交わらないタイムラインの深層を見つめ直す。
2017年の活動休止から泥沼の告白へ至るタイムライン
時計の針を少し巻き戻そう。RIP SLYMEは2017年、メンバーの不倫報道を契機に突如として活動休止へと追い込まれた。ファンの間には「いつかまた戻ってくる」という漠然とした楽観が漂っていたが、その希望は2021年秋、突如として粉々に打ち砕かれる。
PES本人が自身のSNSを通じて放った言葉は、あまりにも重く、冷徹だった。2017年の時点で既にグループを脱退し、所属事務所とも契約を解除していたという事実。さらに、公式のインスタライブなどで自身の名前が無断で使われたことに対する強い異議申し立て。「何度も話し合いを求めたが拒否された」「精神的な苦痛があった」。美談として語られがちなバンドマンシップの裏で、修復不可能な溝がとっくに完成していたことが白日の下に晒された。
なぜ決別を選んだのか?語られなかった確執の真相と人間関係
グループの心臓部としてメロディとリリックを紡ぎ出してきた男が、なぜ自ら居場所を捨て去るに至ったのか。PESの言葉から透けて見えるのは、クリエイティブな衝突にとどまらない、長年の人間関係におけるパワーバランスの歪みだ。
MCのRYO-Z、ILMARI、SU、そしてサウンドの要であるDJ FUMIYA。個性豊かな5人が揃ってこそのグループだった。しかし、PESが抱え込んでいた孤独とフラストレーションは、グループ活動の末期には限界値を超えていたとされる。発言の重み、意見の不一致、そして何より「対等な対話が成立しない」という精神的な袋小路。脱退時のやり取りが表沙汰になった際、他のメンバー側からの曖昧な反応がファンの不安をさらに煽った。ビジネスと友情が複雑に絡み合うなかで、リスペクトの基盤が崩壊していたことは疑いようがない。
モンスターアルバム『TOKYO CLASSIC』と平成ポップス史の功績
確執の影がどれほど濃くとも、彼らが打ち立てた金字塔まで否定される筋合いはない。ワーナーミュージック・ジャパンから放たれた名盤『TOKYO CLASSIC』は、ミリオンセラーを記録し、ジャパニーズ・ヒップホップをアンダーグラウンドの隠れ家から全国のお茶の間へと一気に引っ張り上げた。
なかでも「楽園ベイベー」の軽やかさは、当時の日本の音楽業界に巨大な地殻変動をもたらした。泥臭さや攻撃性を前面に押し出すUSマナーとは一線を画し、渋谷系カルチャーの洒脱さと東京の日常感を巧みにブレンドしたスタイル。今なおSpotifyやApple Musicの定番プレイリストに名を連ね、若い世代の耳を捉え続けているのは、PESが生み出したキャッチーなメロディラインと洗練されたフロウの力に他ならない。
ソロアーティストPESが切り拓く独自のサウンドスケープ
巨大なグループの呪縛から解き放たれたPESは、よりパーソナルで純度の高い表現へと舵を切った。自らのレーベルを立ち上げ、プロデュースワークやグラフィック制作まで手がけるその佇まいは、職人気質のクリエイターそのものだ。
メジャーなタイアップに頼るのではなく、自らのペースで良質なビートを紡ぎ、メロウで内省的なリリックを落とし込む。彼のソロ楽曲には、RIP SLYME時代のような祝祭感こそ控えめだが、人生の機微や苦渋を飲み込んだ大人の音楽的深みが満ちている。自律したひとりのアーティストとして、彼は自らの音を淡々とアップデートし続けている。
3人体制で再始動したRIP SLYMEの現在地とファンが抱く葛藤
一方で、残されたRYO-Z、ILMARI、DJ FUMIYAの3人は、RIP SLYMEの看板を守る道を選んだ。フェスへの出演や新曲のデジタルリリースを精力的に重ね、往年のファンを歓喜させている。
しかし、そこにSUとPESの姿はない。3人のステージングは依然として華やかでエンターテインメント性に富んでいるものの、PESのあの耳に残るハイトーンボイスとフックの不在に、拭いきれない物足りなさを感じるリスナーも少なくない。失われたピースの大きさを噛み締めながら、それでも現在進行形の音を届ける3人と、それに寄り添う観客の間には、ある種の切ない連帯感が生まれている。
決別から数年を経た現在、雪解けの可能性と未来への布石
時間はすべてを解決する、という言葉は時として無責任な幻想に過ぎない。PESと旧メンバーたちの距離は、現在に至るまで明確に保たれたままだ。SNSやメディアを通じた直接的な交流は見られず、劇的な和解や完全体での復活といった甘い筋書きは極めて現実味に乏しい。
だが、無理に手を取り合うことだけが正解ではないはずだ。双方がそれぞれの足で立ち、過去の遺産に甘えることなく新たな音楽を鳴らし続けること。それこそが、かつて時代を共有した者同士が払える唯一の敬意なのかもしれない。不協和音の果てに選んだそれぞれの航海は、今もそれぞれの波を立てながら続いている。 (出典: pes リップ スライム(Yahoo!ニュース))