猫ひろしの国籍は現在どこ?カンボジア帰化の真相と再帰化疑惑
猫 ひろし 国籍をめぐる騒動が日本中を揺るがしてから、すでに長い年月が流れた。赤と青を基調としたカンボジア代表のユニフォームに身を包み、灼熱のコースを一心不乱に走り抜けた小柄な男の姿は、今なお多くの人々の記憶に焼き付いている。「ニャー!」の叫び声ひとつで劇場を沸かせていたお笑い芸人・瀧﨑邦晃が、祖国を離れて異国のパスポートを手にしたあの日、世間には賞賛と猛烈な批判が同時に渦巻いた。そして現在、ネット上やファンの間では「彼は今もカンボジア国籍なのか?」「密かに日本へ再帰化しているのではないか?」という疑問が絶えない。
テレビ番組のひな壇を賑わせていたタレントが、突如として国家代表のマラソンランナーへ転身した背景には何があったのか。猫 ひろし 国籍にまつわる知られざるドラマは、単なる思いつきや売名行為などでは決して説明できない、愚直なまでの執念と現実の壁に満ちている。本稿では、彼が選んだ決断の裏側から、法的身分、そして現在の活動に至るまでの真実を余すところなく解き明かす。
結論:猫ひろしの国籍は現在もカンボジア!日本への再帰化疑惑を徹底検証
単刀直入に結論から述べよう。猫ひろしの国籍は、現在も変わらず「カンボジア王国」のままである。
インターネットの検索窓には時折「猫ひろし 帰化 取り消し」「猫ひろし 日本国籍 復帰」といったキーワードが浮上する。オリンピック出場の役目を終えたのだから、すでに日本国籍を再取得したのだろうと思い込んでいる人も少なくない。だが、それは事実無根の推測に過ぎない。彼は今もカンボジアのパスポートを保持し、日本国内では「外国人」としての法的身分で暮らしている。
日本は原則として重国籍(二重国籍)を認めていない。そのため、一度日本国籍を離脱して他国へ帰化した人物が再び日本のパスポートを手に入れるには、法務大臣への「再帰化申請」という極めて厳格な法的手続きを経る必要がある。猫ひろし本人はこれまでに再帰化の手続きを行った事実を完全に否定しており、カンボジア国民としての誇りと責任を今なお公言し続けている。
なぜカンボジアを選んだのか?「赤坂5丁目ミニマラソン」から始まった帰化の真相
時計の針を少し巻き戻そう。そもそも、なぜカンボジアだったのか。
所属事務所であるワハハ本舗で舞台に立ち、身体を張った芸で知られていた猫ひろしが、陸上競技・マラソンの才能を開花させた最大の契機はTBSの大型特番『オールスター感謝祭 赤坂5丁目ミニマラソン』だった。並み居る強豪ランナーや実業団経験者を相手に、驚異的なスタミナとスピードで優勝を飾った彼の姿は、お笑い・芸能界の枠を完全に超えていた。
本格的なトレーニングを重ねるうちに、フルマラソンのタイムはサブ2.5(2時間30分切り)へと突入。市民ランナーとしては国内最高峰の域に達した。しかし、長距離大国である日本の代表選考の壁はあまりにも高かった。世界選手権や五輪派遣標準記録の争いは、実業団のエリート選手たちですら鎬を削る過酷な世界だ。
そんな折、関係者を通じて浮上したのが、長距離陸上の育成基盤が脆弱だったカンボジアからのオリンピック挑戦という選択肢だった。単なる名義貸しではない。彼は現地へ幾度も渡航し、言葉を学び、現地のランナーたちと同じ釜の飯を食いながら信頼関係を築き上げた。2011年、カンボジア政府からの正式な承認を経て、本名・瀧﨑邦晃はカンボジア国籍を取得することとなったのである。
ロンドン五輪落選とIOCの壁:国籍変更バッシングの過酷な裏側
だが、その道は決して平坦ではなかった。2012年ロンドンオリンピックを目前に控えた時期、カンボジアオリンピック委員会(NOCC)は猫ひろしを男子マラソン代表として選出した。しかし、この吉報は瞬く間に国際的な論争の火種となる。
国際オリンピック委員会(IOC)および国際陸上競技連盟(現ワールドアスレティックス)が定めた規定には、「国籍変更後の選手が国際大会に出場するには、変更後1年以上の経過または継続的な居住実績が必要」という条項が存在した。特例措置を求めたカンボジア側の訴えは退けられ、直前でロンドン五輪への出場資格は無情にも剥奪された。
日本国内では「国籍を金で買った」「五輪出場のための抜け道だ」と激しいバッシングが吹き荒れた。ワイドショーの格好の標的となり、芸人としての足場すら揺らぐ。普通であれば、ここで心が折れて日本へ再帰化を申請してもおかしくない状況だった。しかし、彼は一切の言い訳を口にせず、ただ黙々とアスファルトを蹴り続けた。批判に対する唯一の回答は、走り続けることだけだった。
2016年リオデジャネイロオリンピック完走の軌跡と「カンボジアの英雄」への道
ロンドンの挫折から4年間。猫ひろしはさらにストイックな練習メニューを自らに課した。現地の選考レースでも圧倒的なトップタイムを叩き出し、誰もが納得する実力でカンボジア代表の座を勝ち取る。
そして迎えた2016年リオデジャネイロオリンピック。豪雨が降り注ぐ過酷なコンディションのなか、ゼッケン「1068」をつけた彼は、2時間45分55秒というタイムで42.195キロを走りきった。参加155人中、完走140人。猫ひろしの順位は139位、ブービーだった。
しかし、ゴールテープを切った瞬間の彼の顔には、一片の悔いもなかった。両手を突き上げ、笑顔でカンボジアの国旗を掲げたその姿は、後日放送されたスポーツドキュメンタリー番組でも大きな反響を呼んだ。プノンペンの街角角角では、大統領をはじめとする国民がテレビ画面の前で熱狂したという。「日本からやってきて、我が国の旗を背負って世界一の舞台を走り抜いてくれた男」。カンボジアにおいて、彼はもはや色物芸人ではなく、本物のスポーツヒーローになっていた。
日本でのビザ生活と二重国籍の壁:なぜ日本国籍へ戻さないのか?
五輪という最大の目的を果たした後も、なぜ猫ひろしはカンボジア国籍を保持し続けているのだろうか。
生活の拠点を日本に置く外国人として暮らすことは、行政手続きやビザの更新、税金面など、現実的な煩わしさが常につきまとう。それでも彼が日本国籍に戻さない最大の理由は、カンボジアに対する「誠義」にある。
五輪に出たいという個人的なエゴから始まった挑戦を、温かく受け入れてくれた国と人々。もし目的を果たした途端に国籍を日本へ戻してしまえば、それこそ「五輪出場のためだけに国籍を利用した」という批判を自ら肯定することになってしまう。彼は現在もカンボジアの陸上発展のための支援活動を継続しており、日本とカンボジアを繋ぐ文化・スポーツの架け橋としての役割を全うしているのだ。
YouTube・TVerで再燃する人気!猫ひろしが走り続ける理由と現在地
現在、猫ひろしはお笑いとアスリートの活動を見事に両立させ、独自のポジションを確立している。所属するワハハ本舗の舞台でキレのあるパフォーマンスを見せる一方、TVerで見逃し配信されるバラエティ番組やスポーツ特番へのゲスト出演でも存在感を示している。
さらに、公式YouTubeチャンネルでは自身のトレーニング理論やランニングギアのレビュー、全国の市民ランナーとの交流企画を精力的に発信。年齢を重ねてもなおフルマラソンで驚異的なタイムを維持し続けるその姿は、シニア層から若年層まで幅広いランナーのバイブルとなっている。
「芸人としては三流かもしれないけれど、走ることだけは裏切らない」。かつて彼が残した言葉の通り、国籍という重い決断を背負いながら走り続ける猫ひろしの足跡は、これからも多くの人々に強烈な刺激を与え続けるはずだ。 (出典: 猫 ひろし 国籍(Yahoo!ニュース))