日本最古の駄菓子屋・上川口屋!ジブリが愛した奇跡の240年物語

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日本最古の駄菓子屋・上川口屋!ジブリが愛した奇跡の240年物語
日本最古の駄菓子屋・上川口屋!ジブリが愛した奇跡の240年物語
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🎵 日本最古の駄菓子屋・上川口屋!ジブリが愛した奇跡の240年物語

上 川口 屋の軒先へ一歩足を踏み入れると、埃まじりの甘い香りと、どこか懐かしい乾いた木の匂いが鼻腔をくすぐる。東京都豊島区の片隅、ケヤキの大木が揺れる参道の奥に佇むその店は、ただの菓子売り場ではない。天明元年(1781年)の創業から数えて240余年。江戸幕府第10代将軍・徳川家治の時代から、戦火や震災、幾重もの社会の荒波を生き抜いてきた「日本最古の駄菓子屋」だ。

木製のガラスケースに並ぶ色とりどりの飴玉やすこんぶ、懐かしい麩菓子。時代がどれほど目まぐるしく移り変わろうとも、上 川口 屋の前に広がる空間だけは、まるで針の動きが緩やかになったかのような静けさを保っている。放課後の子どもたちが握りしめる小銭の音と、参拝客の静かな足音が溶け合うこの場所には、現代人が忘れかけた大切な記憶が今も息づいている。

創業1781年、雑司が谷鬼子母神堂の境内で息づく240年超の歴史

樹齢数百年の大イチョウがそびえ立つ雑司が谷鬼子母神堂。その境内に溶け込むように佇む上川口屋の歴史は、江戸の町人文化が華開いた1781年にまで遡る。当時の江戸市中には数多くの茶屋や駄菓子屋が軒を連ねていたが、当時の場所のまま現存し、商いを続けているのはここ一軒のみだ。

木造の素朴な店構えは、幾度かの補修を経ながらも当時の面影を色濃く残す。関東大震災や東京大空襲といった壊滅的な災禍からも奇跡的に焼失を免れた。石畳の参道から見上げる古びた庇、飴色に輝く木製の陳列台。東京都豊島区の重要文化財に指定された境内の中で、店そのものが生きた文化遺産として時を刻んでいる。

13代目店主・内山雅代さんが語る看板の灯火と知られざる秘話

店を守り続けるのは、13代目店主の内山雅代さんだ。小柄な体を動かし、毎朝早くから商品を一つひとつ丁寧に並べ、訪れる客を穏やかな笑顔で出迎える。「特別なことは何ひとつしていませんよ。ただ毎日店を開けて、子どもたちとお話ししているだけ」と内山さんは屈託なく笑う。

だが、その日常を維持することの尊さは計り知れない。かつて先代から店を引き継いだ頃の苦労や、天候に左右される屋外同然の店舗環境での苦心など、表には出さない積み重ねがある。内山さんが明かすのは、常連客が大人になり、我が子や孫を連れて三世代で訪れた瞬間の喜びだ。「昔10円玉を握りしめて走ってきた子が、親になって『まだあってよかった』と涙を浮かべる。その一言があるから、どんなに足腰が痛くても店に立ち続けられるんです」。

スタジオジブリの名作『おもひでぽろぽろ』に刻まれた原風景

上川口屋の名が広く知られるきっかけの一つとなったのが、スタジオジブリが制作した映画『おもひでぽろぽろ』(1991年公開)だ。メガホンをとった故・高畑勲監督は、昭和の面影を忠実に再現するため、実際に何度もこの地へ足を運んだという。劇中に登場する駄菓子屋のモデルとして描かれた店構えは、訪れる映画ファンの胸を今も熱くさせる。

近年では、Netflixなどのグローバル配信プラットフォームやNHKオンデマンドを通じて作品に触れた世界中のファンが、聖地巡礼としてこの境内を訪れるケースが急増している。スクリーン越しに見たノスタルジックな風景が、CGではなくそのままの質感で目の前に現れる。その圧倒的な実存感に、海外からの旅行者も深い感銘を受けるという。

駄菓子・菓子小売業界の逆風を越えて続く日常の温もり

現在、駄菓子・菓子小売業界はかつてない激動の渦中にある。原材料費の高騰や後継者不足、老舗メーカーの相次ぐ廃業など、昭和から続く駄菓子のサプライチェーンは大きな変革を強いられている。コンビニエンスストアや大型量販店に押され、全国各地で町の駄菓子屋が姿を消していった。

それでも上川口屋のガラスケースには、きなこ棒、梅ジャム、ソースせんべいといった懐かしい品々が所狭しと並ぶ。数十円から百円前後で買える小さな菓子は、単なる嗜好品ではない。限られた小遣いの中で「どれを買おうか」と真剣に悩み、計算し、店主とやり取りする――子どもたちにとっての最初の社会勉強の場が、ここには手つかずのまま残されている。

観光・伝統文化産業とレトロカルチャーが交差する新たな息吹

急速なデジタル化が進む現代において、手触り感のある本物を求める若年層の間でレトロカルチャーへの関心が高まっている。フィルムカメラや純喫茶に惹かれるZ世代にとって、上川口屋が放つ佇まいは「作られた演出」ではない、本物の歴史そのものだ。

さらに、地域に根ざした観光・伝統文化産業の文脈においても、雑司が谷の散策ルートは国内外から再評価されている。池袋という巨大ターミナルからわずか一駅。超高層ビル群の影にありながら、鳥のさえずりと風の音だけが響く静寂のエアポケットとして、訪れる人々に都市の喧騒を忘れさせる癒やしの時間を提供している。

変わらないからこそ新しい、日本最古の駄菓子屋が照らす未来

目まぐるしく変化する社会の中で、240年以上もの間「変わらないこと」を貫いてきた上川口屋。流行を追わず、規模を追わず、ただ目の前の客と言葉を交わし、素朴な菓子を手渡し続けるその姿勢は、効率至上主義に疲弊した現代社会において鮮烈な光を放っている。

内山雅代さんが守り続ける店先には、今日も優しい風が吹き抜け、子どもたちの笑い声が響く。江戸から令和へ、そしてその先へ。雑司が谷鬼子母神堂の木漏れ日の中で、日本最古の駄菓子屋はこれからも人々の心を温め、静かに歴史を紡ぎ続けていく。 (出典: 上 川口 屋(Yahoo!ニュース)

上 川口 屋
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